転落と成功を繰り返し、這い上がった男のライフストーリー

 

はじめまして、西村敏(にしむらさとし)です。

 

今回は、私が過去に送ってきたストレスフルで弱い自分への言い訳とやりたいことへの我慢を繰り返す人生からいかに脱出し、今の自由と心の余裕を手に入れることができたのか?をストーリー仕立てでお伝えしたいと思います。

 

 

私は、大学進学の際に田舎から東京に出て、その後は奇跡的に一部上場企業の正社員で就職でき、会社からの評価も同期の中ではトップ10%に常に入るほど順調でした。

 

20代半ばにして、夏だけでボーナスは80万円オーバー、年収は500万円以上を貰っていました。

 

 

しかし、捨てました。

 

 

全てを捨てて、私はニートになったのです。

 

 

もし、そのまま会社員で会社も潰れなかったら、一部上場企業の正社員というちょっとした社会的地位と、生活できるだけの給料と玉に取れる有給があって、結婚して、子供を作って、家を買って、という安定した人生を歩めたと思います。

 

でも、私はそれを手放して、社会的地位とお金の安定を失った代わりに、いつでもいくら稼いでもいいお金の自由・働く時間も遊ぶ時間も好きにコントロールできる時間の自由を手にしました。

 

 

それは、昔の私から見たら奇跡の光景でした。

 

何かをやりたいけど出来ない、と葛藤し我慢し、「どうせ自分には無理だ」と諦めていた理想のライフスタイルが次々と実現するようになったのです。

 

そしてライフスタイルが変わると人間関係もガラリと変わり、心の穏やかさと余裕も手に入りました。

 

 

すると不思議なことに、そこからのご縁で人間的な魅力アップを学ぶ機会に恵まれ、人間性を高めただけでさらなるご縁や強固な信頼関係の構築、そして収入アップと繋がっていき、笑っている時間もどんどん増えていきました。

 

 

私がお伝えしたいことは、

 

「起業・副業してお金を稼いで自由になりましょう」

 

ということではありません。

 

 

良いノウハウさえあればお金が簡単に稼げて自由で幸福になれるかというとそうではないということが、実際にいろいろやってみて分かったからです。

 

お金・時間の豊かさに加え、人間関係や心の豊かさもある幸せを実現できるかどうかは、ノウハウの力だけでもお金の力だけでもありません。

 

大事なことは、自分の人間的な成長とビジネススキルの両方を同時に身に付けていく、ということです。

 

 

私自身、もうお金稼ぎだけをやることには興味を失いました。

 

もちろん、お金が全く要らないというワケではありません。お金がないと生活は出来ないですからね。

 

 

でも、お金稼ぎだけよりも、もっと遊んだり、もっと勉強したり、もっと仲間を喜ばせたり、している方が楽しいし笑顔になれるんです。

 

 

私をそのステージまで運んでくれたのは、これまでの3人の師匠でした。

 

 

それでは、私が3人の師匠に出会い、人生が大きく変わっていった経緯をこれからお話ししたいと思います。

 

 

 

■転落は一瞬。家庭崩壊、父との死別、そして・・・

 

私は長野県の千曲市という田舎で生まれ育ちました。

 

 

幼少期の頃は、トイレがぼっとん便所という時代錯誤もいいところのボロボロの平屋に住んでいました。

 

あまり記憶が残ってないのですが、トイレに行くのが怖かったことだけは良く覚えています(笑)。

 

 

当然小さかったですから、比べるような他人も知らないし、それよりも好奇心いっぱいで遊ぶことばかりで、そんな家でも楽しく過ごしていました。

 

そういえば、ふすまとかに指で穴をあけて親に怒られたこともありましたね(笑)。

 

 

そして、小学校に上がる前くらいに、両親が新しい家を購入しそこに引っ越しました。

 

 

大きな家ではありませんでしたが、弟も生まれ、たまに兄弟喧嘩なんかもありつつも、家族で一緒に夕食を食べたり、1年に1度は県内のどこかへ家族旅行をしたり、家族仲良く暮らす生活に何の不満もありませんでした。

 

 

小学校では学校の休み時間や放課後はいつも外で走り回って遊び、とても自由に過ごしていたなぁと思います。

 

自転車で風を切って疾走するあの感じは、今思い出しても開放的な感覚になります。

 

 

この頃、母はいつもニコニコしてました(もちろん、たまには怒られてましたが(笑))。

 

そして父は、平日は仕事に励み資格も取り、家では威厳もありつつも、休みの日はキャッチボールしてくれたりしてくれ、厳しくも優しい父親でした。

 

 

でも、この幸せがある日一気に崩れ去るのです。

 

 

私が中学3年生のとき、父が癌で倒れました。

 

入院し、部位を摘出する手術も受けましたが、転移が進んでいて全ては取りきれず、母親から「あと3か月くらいかも。」と余命宣告までされました。

 

幸いこのときは、父の奇跡の生命力で何とか生き延びることができたのですが、ここから一気に全てが崩壊していきました。

 

 

まずは、父の仕事のポジションが奪われました。

 

父は癌で倒れる前、課長に昇進したところだったのですが、退院して戻ってみるとそのポジションはなかったのです。

 

 

どうなったか?

 

 

窓際です。降格です。

 

 

今まで仕事に力を注いできた父は、その瞬間に仕事のやりがいを失ってしまいました。

 

そして父は、酒・たばこ・ギャンブルに逃げてしまいました。

 

 

家庭では父と母の会話は一切なくなり、完全に家庭内別居状態でした。

 

母は常にピリピリし、誰かの愚痴ばかりになり、「ウチにはお金が無い」が口癖になりました。

 

 

その頃、高校生になった私は学校でいじめられました(特に部活で)。

 

学校では肩身が狭く、家はもう暗く重たい空気が流れていて、どこにも居場所が無いと感じていました。

 

とはいえ逃げ場がない私は、学校へは授業を受けに行き、家では自分の部屋に引きこもりひたすらゲーム、という生活を選びました。

 

 

そして、父が最初に倒れてから3年経ったある日、父はパチンコ屋で脳梗塞を起こし倒れ、救急車で病院に運ばれました。

 

 

半身不随になり集中治療室に入り、もう言葉もしゃべれず、色々な管を繋がれただ生かされているだけの状態になりました。

 

最後には延命処置のスイッチを切り、病院で亡くなりました。

 

 

このときの私は、「悲しい」という感情はほとんどなく、「一体なんだったんだこれは?」という虚無感なのか安心感なのかよくわからない感情でした。

 

ただ、転落が底をつき、「これで何かが終わるはずだ」という解放感を感じていたように思います。

 

 

身近な人が病気や事故にあった人に聞くと、「その人が生きてさえいてくれればそれでいい。」という人がいますが、残念ながらその想いは1ミリもありませんでした。

 

 

それぐらい精神的に追い込まれていたんです。

 

 

そして私は、父の保険金を使って、逃げるように東京の大学に進学しました。

 

 

 

■「父親のようにはなりたくない」そう強く思っていたはずなのに

 

「もういじめられたくない」
「父親のようにはなりたくない」

 

大学進学で地元を離れ、環境も人間関係も一新されるこのタイミングで、まずは高校時代のようにならないようにしたい、と強く思っていました。

 

 

ですが、「こうなりたいくない!」と思えば思うほど、そうなっていってしまう現実を感じていました。

 

 

もういじめられるのは嫌だからと、部活やサークルにも入らず、ヤンチャしてそうなイケイケグループとも絡まず、ひたすらバイトと授業の繰り返しでした。

 

とにかくカッコ悪くなりたくないという一心で大学の単位だけはしっかり取っていました。

 

工業系の大学で授業は多い方でしたが、確実に単位を取っていたら次第に次第に時間に余裕ができるようになりました。

 

 

そして、気付けば麻雀と競馬にどっぷりハマっていました。

 

 

授業とバイト以外は麻雀か競馬をしているような生活です。

 

ダメ人間まっしぐらです(笑)。

 

 

でも、そこで感じたのは、雀荘や競馬場に行くと、服装もボロボロで貧乏なのにギャンブルしている大人たちがたくさんいたことでした。

 

そこで、自分もそこの中にいるにもかかわらず「こんな大人(オジサン)にはなりたいくない。」と強く思いました。

 

 

逆に競馬場には、ごく少数ですがお金持ちで優雅に遊んでいる方もいました。

 

父の死に方・ギャンブル場で見せられた大人の現実を見せられた私は、気付けば「人生、お金さえあれば全てが上手くいく。金が全て。」という考え方になっていました。

 

 

そうして就職活動の時期になります。

 

私の頭の中はもちろんお金。

 

 

二流の私立工業系大学だった私が取った戦略は、業界・会社ごとの給料ランキングが掲載されている雑誌を買って、あまり有名ではないけど給料が高い会社を探し、上から順番に受けていくことでした。

 

その会社がやっていることとか仕事の中身は無視でした。

 

どうせ会社に入ったところで仕事や部署は選べないんだから給料だけで選べばいい、と開き直っていたからです。

 

その開き直りが功を奏し、二流の大学からでも一部上場企業の正社員(しかもまぁまぁの高所得)を手に入れることができました。

 

 

「これで、私の人生も安泰だ。」そう思いました。

 

 

が、現実はそうはならなかったのです。

 

 

仕事はとにかく激務でした。

 

定時は17時半のはずなのに誰一人として帰らない、そんな雰囲気でした。

 

先輩に「うちの会社、何時が定時ですか?」と聞くと「22時だよ」って返ってきたことがありました。

 

 

実際、残業は月80時間前後が当たり前でした。

 

 

労働基準法で決められている、月100時間以内、2カ月平均80時間(2ヶ月合計160時間)以内、という法律ギリギリまで残業があるのです。

 

 

生活は、社宅と会社の往復のみになりました。

 

食事はコンビニ、家では寝るだけ、それが限界でした。

 

週末の休みも疲れのせいで寝て過ごすことが多く、それ以外は競馬をするか麻雀をするかしかありませんでした。

 

 

そしてある日、絶望を感じました。

 

 

「こうなりたくない!」と強く思っていた父親とほとんど同じような人生になっていたのに気付いてしまったのです。

 

 

今思えば、気付かぬうちにここまで来ていたのも恐ろしいでのすが、当時は本当にギリギリの状態になるまで自分がそうなっているとは気が付きませんでした。

 

 

そこから私は、その底なしの泥沼からもがいて抜け出そうと必死にあがきました。

 

 

そして、投資系・自己啓発系の本を読み漁り、セミナーがあればどこにでも行き、そこで辿り着いたのがインターネットビジネスで副業から起業していくという方法でした。

 

 

 

■師匠1人目、Mr.Kとの出会い

 

とはいえ、インターネットビジネスを何から始めて良いかさっぱりわかりませんでした。

 

しかも、理系のくせしてパソコンを始めて持ったのは大学生のときで、レポートを書くためにしかたなくでした。

 

仕事でもメール・Word・Excel・PowerPointと社内ツールを使うくらいで基本的なことしかできませんでした。

 

 

そこでまずは、当時からすでにネットビジネス界で有名だったMr.Kが販売している教材を2つ買いました。

 

確か2つで8万円くらいだったと思います。

 

ノウハウとしては、1つがメールマガジンを書いてそこで商品をオススメして稼ぐ方法、もう1つが自分で教材を作って誰かに売ってもらい稼ぐ方法でした。

 

 

ですが、当然最初から中身を全部理解できませんでした。

 

ただ、何か始めないと先には進めないとも思い、まずはメールマガジンを毎日書くところから始めてみました。

 

 

そうしているうちに、Mr.Kがこれからセミナーで直接ノウハウを教えてくれる塾をやろうとしていることを知ります。

 

私は「どうせなら直接教えた貰った方が早いだろう」と思いました。

 

 

ただ、塾費は年間36万円でした。

 

 

社会人2年目の私にとっては約ボーナス1回分。

 

まだまだ貯金も少なくかなり迷いましたが、これもタイミングだと思い、思い切って入塾することにしました。

 

 

そして、初セミナーで衝撃の事実を知ります。

 

 

私はてっきりビジネスをガッツリ教えてもらえると思っていたのですが、そのMr.Kの塾では、ファッション・旅行・コミュニケーション・インテリア・健康・食事・恋愛・ビジネス・マインドセット・成功法則などを幅広く取り扱うものでした。

 

案内ページを良く読まずに勢いで申し込んでしまったことに気が付きました。

 

 

ですが、逆にこれが良い結果を生みました。

 

 

なぜかというと、当時の私は、ファッションもインテリアもめちゃくちゃダサく、コミュニケーションは気が回らずヘタクソで人間関係はグチャグチャ、恋愛も一切できず23歳童貞というありさまでした。

 

お金のことしか考えておらず、健康や食事、マインドセットも一切できていない状態でした。

 

 

そんなときにMr.Kは、「人生、お金だけあっても意味は無いんですよ。お金稼ぎに必死になって、お金はあるけど時間は無く働き続けるならサラリーマンと同じ。人生の楽しみもしっかり覚えましょう。若いならサラリーマンのままでもいいから若いうちに楽しめることを楽しむのが先ですよ。」と言ってくれました。

 

 

私は、それに素直に受け入れました。

 

副業でビジネスもやりつつも、そのほかのことについてもオススメされた本は全部読み、教えてもらったこと・本で学んだことはどんどん実践していきました。

 

 

そして、ファッション力やコミュニケーション力を高めつつ、その中で一番結果が出たのが恋愛でした。

 

23歳童貞は、男友達から合コンに誘ってもらえるようになり、女友達から友達を紹介してもらえるようになり、ついには、出会った女性から「私のこと誘って♪」というニュアンスのメールが私が誘わずとも届くようになりました。

 

 

その後、7年間彼女が途切れない生活を実現させました。

 

昔なら高嶺の花過ぎて会話するだけでも緊張してしまうようなキレイでかわいらしい女性(看護師・保育士・20歳のデパ地下店員・女子アナ・OL)とたくさんお付き合いできるようになりました。

 

 

もちろん、食事や健康、マインドセットについても学び、体の疲れが貯まりにくくなり、日々の行動量も増えていきました。

 

仕事も効率よく回せるようになり、残業時間も半分以下になりました。

 

 

1年間のMr.Kの塾のおかげで、ビジネス以外の基礎能力を大幅にアップさせ人生を楽しめるようになった私は、次はビジネスを集中して伸ばしていきたいと考えるようになりました。

 

 

しかし、ビジネスだけはどうしても上手くいきませんでした。

 

副業でピークで月15万円ほど稼げたりはしましたが、一切安定させることができず、平均すると月1~3万円がいいところでした。

 

平日は仕事が終わった後に夜中2時まで毎日4~5時間、休日は10時間以上やっていたのに、それしか稼げませんでした。

 

 

そして、メールマガジンを書いて稼ぐ方法を諦めて、ブログを書いてブログで商品をオススメして稼ぐ方法にシフトしました。

 

 

そこで出会ったのが、2人目の師匠、メンターTでした。

 

 

 

■ビジネスはレベルアップ成功!だがしかし・・・

 

メンターTとの出会いも、メンターT主催のセミナーとスカイプコンサル付きの塾(塾費は半年で36万円)に入ったことがキッカケでした。

 

今度はキチンと案内文を読み、ビジネスに特化して教えてくれる人を選びました。

 

 

入塾する前からブログを作って、そこから月3万円弱の収入がある状態だったのですが、そのブログを見せてアドバイス通りに修正しただけで、収入が月8万円程度まで伸びました。

 

 

ただ、会社員の仕事で新人教育などを任され始めたタイミングでもあり、どうしても平日にブログの記事を書く時間が取れず、サポート期間の半年ではそれ以上の結果を出すことができませんでした。

 

でも、諦めずに休日はほとんど副業(と合コン(笑))に全力投球し、次第に副業からの収入も10万円・15万円と伸びていきました。

 

メンターTはサポート期間が終わっているにもかかわらず、「最近どう?スカイプだけならやってあげるよ。」と優しい言葉をかけてくれ、そのお言葉に甘えて少しサポートもしていただきました。

 

このときの優しさは今思い出しても温かい気持ちになるし、本当にありがたかったです。

 

 

そして、月30万円ほど稼ぐことができようになったとき、会社を辞めて独立しました。

 

 

ほぼ自動的に入ってくる収入と、好きなときに働き好きなときに遊ぶ時間の自由が手に入る。

 

このときはとても大きなワクワクを感じていました。

 

実際にそんな生活をしていると、「人ってこんなに自由に生きていてもいいんだな。」って思えて、それまでいろいろ縛られていたことからの解放感が本当にありました。

 

 

が、しかし、ここまでは調子が良かったのに、また下り坂の人生が始まりました。

 

 

まず会社員を辞めた途端、会社員時代の友人からのお誘いがほぼゼロになりました。

 

そして、一部上場企業の正社員という社会的地位が無くなった途端、それまで仲良くしていた女の子からは一切メールの返信が無くなりました。女の子は超ドライでした(笑)。

 

 

つまり私は、同じ会社の社員という共通点や一部上場企業の正社員という社会的地位が無ければ、特に付き合いたい人間ではないという現実を突き付けられたのです。

 

それまで、コミュニケーション能力が上がって人間関係が作れるようになったり、たまに相談を受けたりもして、人として信頼されていると思っていたのですが、それは大きな勘違いだったのです。

 

 

そして、収入として会社員の安定した給料が無くなったため、「もっと稼がないと何かあったときにヤバい。」という不安と焦りが襲ってきました。

 

遊ぶ人がいなくなった分ビジネスには集中できる環境ではありましたが、焦りと不安からお金を稼ぐためだけにビジネスをする形になり、その焦りがモロに文章に出てしまい、収入を伸ばすことはでいませんでした。

 

 

お金と時間はある。

 

だけど人間関係はほぼゼロになり、人生の楽しみは一人遊びだけ。

 

とにかく強烈な孤独感が襲ってきました。

 

 

そしてまた、何かを求めるようにセミナーに出まくったのです。

 

 

そこで出会ったのが3人目の師匠、K氏(前述のMr.Kとは別人)でした。

 

 

 

■隠し続けていたことを見抜かれる

 

 

最初はK氏のセミナーに出て、文章術やネット集客のビジネスノウハウを学んでいました。

 

そのセミナーでは、私が知っているようなノウハウでも、K氏独自の視点から一捻りして活用法を教えてくれたり、いくつかのノウハウを組み合わせた事例を出してくれたりと、面白い話をするなぁと思っていました。

 

 

で、何かのセミナーの懇親会の後、ノリと勢いで個別に2次会に誘い出し、1対1で話せる機会を勝手に作りました。

 

そこでは、色々とお話させていただいたのですが、とにかく分かったことは、ただノウハウをいろいろ知っているだけでなく、その裏には膨大な知識とか人間性とかがあるな、ということでした。

 

 

そしてある日、カフェでK氏とお茶をしているときにこう言われます。

 

「西村さん、セミナー講師とかやりません?来週、予約した会議室が空いてるんですよね。」

 

 

もともとセミナー講師をやってみたいという思いもあったし、孤独感を感じる中で、こうして飲み行ったりお茶したり、しかも色々教えてくれる人を失うのが怖かったのもあり、二つ返事で快諾しセミナー講師にチャレンジすることにしました。

 

 

当然、最初はうまくいきませんでした。

 

 

ですが、次第に「一緒にセミナーやりましょう!」と言ってくれる人が出てきたり、集客もできるようになって、セミナー講師としても上手くいくようになりました。

 

 

だがしかし、さらに次の壁にぶち当たります。

 

セミナーやコンサルで教えた人に結果を出してもらうことができなかったのです。

 

 

それをK氏に相談したところ、こう言われました。

 

「まずは西村さんがお金の不安や孤独感から本当の意味で卒業しないと上手くいきませんよ。表向きはうまくいっているから周りの人からはそう見えませんが、心の奥でそれを隠そうとしていますよね?」

 

完全に見抜かれていました。

 

 

でも、逆に言えば、それさえ乗り越えられればということです。

 

そこだけはポジティブでした。

 

 

それからはK氏の有料コンサルを受けたり、講座を開催するといえば全部出席して、ビジネスノウハウに限らず、自分の心を見つめ直し人間力を高めたり、お金儲けではないビジネスの考え方などを本気で学びました。

 

すると、そのおかげで、私自身の収入が増えただけでなく、サポートしているメンバーがうつ状態から回復したり、副業で月商120万円も稼げるようになったり、具体的なこれからの道が見えやる気が落ちずにガツガツ行動できるようになったりしました。

 

たった1回のセミナーや相談を受けただけの人にも、「これから進むべき道がわかりました。」「ずっと悩んでいたことが解決しこれからの光が見えました。」と言ってもらえるようになりました。

 

 

そして、気が付いたら周りには笑顔になる人が増えていました。

 

 

私からの一方的な一生付き合っていきたいではなく、相手からも長く付き合っていきたいと思ってもらえる信頼関係のある仲間も出来ていました。

 

弱い自分を受け入れてくれ、仲間の弱いところもみんなで受け入れる。

 

そんな環境も作ることができました。

 

変なプライドで隠し事などせず、弱さをさらけ出し常に本音で話せ、心の不要な葛藤はほとんどなくなりました。

 

 

とにかく笑っている回数が増えました。

 

笑ってもらえる回数も増えました。

 

 

その瞬間、とても幸せを感じている自分が居ました。

 

もう、お金とかではなく、周りの人が心の底から本気で笑っているマジな笑顔になれるようにしていきたい。

 

他人の笑顔が私の幸福である。そう思えるようになりました。

 

 

そして、今では逆に、誰かの笑顔を増やしていくために、逆に仕事をたくさんするようになりました。

 

でも、好きでやっているので苦痛ではありません。

 

仕事の内容は楽しいばかりでなく、歯を食いしばって向かい風の中を突撃していかなければいけないこともありますが、その結果、誰かに喜ばれることを想像しながらやるのは、それだけでも笑顔になれます。

 

 

気付けば、お金・時間の豊かさに加え、人間関係や心の豊かさもある幸せが手に入っていました。

 

もちろん、まだまだ先はあると思っています。

 

 

ただ、会社を辞めて3年、ここまでの人生は想像していませんでした。

 

 

想像以上のモノを実現できた。

 

ガムシャラに人生を切り開いてきた。

 

 

だからこそ、人生というものは自分の責任で作っていくことができ、いつどんな状態からでも今の自分が思う理想のライフスタイル以上のモノを手に入れられるのだと、日々実感しています。

 

 

 

■これからの私の夢

 

私は、あなたがお金・時間・人間関係・心の豊かさを実現し、笑いや笑顔で溢れる人生を歩むお手伝いをしたいと思っています。

 

家庭や学校生活の中で出来てしまったコンプレックスやトラウマ、周りからの目や世間体、本当に頼れる人がいないかもという孤独感、安定安全のために未来や理想を我慢しひたすら日々のお金の為に生きるしかない葛藤、何かを失うかもしれない恐怖、弱い自分を見せたくないプライド、「皆がしている」に従わないといけない空気。

 

こうしたものに縛られる苦しさを、私は何年も経験してきました。

 

 

なので、

 

「理想のライフスタイルや夢があるけど、なかなか踏み出せない。」
「夢や目標のために行動しているけど上手くいかない。」
「上手くいっているはずなのに、なぜか違和感を感じる。」

 

と悩んでいる方に、自分にとって本当に必要なものを見つけてもらい、それを目指していく生き方をしてもらいたいのです。

 

 

そして、理想の生き方が見つかり、理想のライフスタイルが実現したときも、理想のライフスタイルを目指しているときも、毎日に笑顔が増えるあなたがいる。

 

それが私にとって一番の喜びであり、そういう人を増やすのが私のお役目だと思っています。

 

 

もう、7年もかけてたくさんのことを学んできました。

 

3人の師匠だけでなくこれまで出会ったたくさんの人に支えてもらいました。

 

 

だからこそ今度は、私がたくさんの人を支えていきたい。

 

まずはその活動の1つとして、私の毎日の気付きや過去から得た学びをメールマガジンにて無料でシェアしています。

 

 

自分も周りも笑顔になれるビジネスをやる人を増やす。

 

そして、世の中が笑いに溢れ、暖かい空気と希望に包まれ、これからの若い人が大人になるのを楽しみにできる。

 

 

そんな活気ある世の中にするのが私の理想です。

 

 

その理想を実現するために、不安をあおって何かを売りつけたり、役にも立たない情報をオススメしたりすることは意味が無いので絶対にやりません。

 

あなたの人生とあなたのビジネスを好転させ、成功・成長への気付きを毎日提供できる内容をお約束します。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

メールマガジンでもお会いできることを楽しみにしておりますー西村敏

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